「フレッド・アステア自伝」篠木直子訳 青土社
私は、めちゃ落ち込んだときはアステアの映画か、ジーン・ケリーの「雨に唄えば」をみて自分の元気回復剤にしています。 この本、オリジナル・タイトルは「Step’s in Time」いいタイトル! ノエル・カワードが考えてくれたそうです。 不世出の天才ダンサー、他書の謳い文句のいうところの 「二十世紀のショウ・ストッパー」 (ショウ・ストッパーとは日本風にいえば「真打」のこと。前座はファーストアクト、前座の前座はセカンドアクト、と呼ばれるらしい。アメリカ芸能用語) 内容そのものは、別段波乱万丈でもなんでもなく、軽妙な描写で綴られるアステア自身の自叙伝。 文章もまた、軽妙なエレガントなウィットとユーモアが随所にちりばめられるものの、やや訥々して、緩急に欠ける。 逆に、ゴーストライター無し、自分自身で書いているんだなあ、と感じさせられそこがまた好印象。 少年時代から姉とコンビを組んで舞台に立っていた、という舞台人の苦労、と言うよりはショウの愉しさが骨の髄まで染み付いた努力の天才。 人気絶頂期でも、少年時代サードアクトを下ろされたことを悪夢に見た、とか。 舞台人にとって、何より恐ろしいこと。それは舞台を下ろされること。そして、「本当に自分の芸が受け入れられているのか?」という不安。 そんなときのエピソード。 舞台をブロードウェイからハリウッドのスクリーンに移した直後。 最新公開映画「空中レヴュー時代」の評判がアステア本人の耳にぜんぜん入ってこない。 そんな時ハリウッドの郊外、オーガスタの映画館で「空中レヴュー時代」がかかっている、と聞き、奥さんのフィリスとこっそり映画館に入る。 上演中も、映画が終わった後も、観客の雰囲気は上々。立ち上がって映画館から出て行こうとする観客たち。 アステア自身も席を立とうとした時、自分の席の前に座っていた少年が後ろを向いて、アステア本人の顔をじ〜〜っと見て、そして、一言。 「フレッド!どうしてこんなところにいるの?!」 この少年の一言で、他の観客が振り向き、あっという間に賞賛の声と人垣にかこまれてしまったアステア。 そしてアステアは「このとき初めて、私はハリウッドの住人になれた、と実感した」とか。 こんな大物でも、欲してやまないものは感想、手応え、なのですね〜 それにしても、このときアステアに声を掛けた少年、エライ! このきっかけがなかったら、もしかしたら「映画人アステア」の「次」はありえなかったかもしれなかったんですから! そんな生き馬の目を抜くような芸能界という向こう岸の見えない大河をあの軽妙なステップシークエンスで、泳ぎ渡ってしまった、そんな感じです。 「これからはミュージカルの時代じゃないよ」と言って 舞台を下りる引き際も、見事。 ダンサーを辞めた後も乞われるままに俳優として話題作に顔を出していた。 「タワーリング・インフェルノ」に出演していたのは知っていたが、「宇宙空母ギャラクティカ」に出演していたのは知らなかった!ビックリ!です。 芸能人生が長かった所為か、旬の俳優、女優と競演している。この辺の「運の波」に上手に乗れているあたりもアステアの力まず、無理せず、そしてチャンスは逃さない、というポリシーの結果、と言う感じで、これまた見事。 時々の女優の寸評 例えば「パリの恋人」で競演したオードリー・ヘップバーンを 「必ず自分の意思を通すレディ」とその人となりを、端的にして的確な表現で捉えている。 クリエイターはまた、見巧者でもあったのですね。 意外に思ったのは「あしながおじさん」で「お金持ち」の役ができて嬉しかった、という告白。 サヴィル・ロウで背広を誂え、カルティエでダイアモンドとルビーのカフスボタンを作らせ、G?馬の馬主で、ハリウッドに大邸宅を有する方の夢ってこんな?と思わず苦笑。 でも、自分で稼いで金持ち、と生まれながらに金持ち、はやはり違うか。 振り付けに関してのアステアの独白 「私は人の提案や意見を必ずしも受け入れない。新しいダンス、場面、新し効果のようなものを考え出そうとしていると、必ずや(!)不正確な批評に出会うものだ。そして意見を求めて回ったりすると、必ず壊滅的な結果になる。 善意からのアドバイスは、しばしばたやすく気持ちをくじいてしまう。それはもともとの思考過程を捨てさせてしまうのだ。アイディアは完全にねじ曲げられてしまい、元の軌道に戻ってくることは決してない。」 常にオリジナルで、常に新鮮であろうとしたクリエイターの信条、ですね。凄いです。 舞台時代からのアステア全出演作リストが巻末についており、アステアファン必読!の本でした。 もうすぐ一月も終わりですねえ。 |