「忘れられた名文たち」 鴨下信一著 文春文庫 新聞や雑誌のコラム・エッセイ、いわば時代時代の地口のような雑文から名文をひろいあげた本。 何も文豪の作品の中にしか名文は転がっているわけじゃない、ということで。 野球・将棋・映画評論は言うに及ばず、画家、書家の雑文は遺すことが非常に難しくしかも その時代、その場所の空気を切り取ってきたかのような臨場感にあふれていて短いながら著者のひろいあげた名文はどれも非常に読み応えがあった。 著者が拾ってきた名文のなかから 日本画家・小倉遊亀のエッセイ「画室の中から」より四谷の料理屋「丸梅」にて老内儀とのやりとり 〜やがてちいさな黒い角盆に、コマゴマと何やら肉片がのっかって出てきた。 「何だ何だ」とのぞき込むまでもなく八十老嫗曰く、 「さき程のの鯛の子供と、胃袋。肝臓。こちらはスッポンのきも。この薬味で召し上がれ」 「これはうまいですね」 「うまいでしょう。ここがうまくたべられるようなお魚でないとおさしみもいただけませんので。 このお醤油も私が作りましたので。はじめはうまくまいりませんでしたが、おかげさまで、近頃はまあまあ」 こんな合いの手に興がっていると、次には、 ずいきの煮付。 が出てきた。深椀にすき透ったおつゆのあるずいきが、うちのお惣菜のような顔をして入っている。 これが全くけっこうなのでその煮出し汁はと聞くと、スッポンのだしだそうな。 「この土鍋で煮ますのんで」と持ち出した大きな湯豆腐鍋、「底をみて下さい」と持ち上げるのをみると、 いくつかに割れたのを丁寧に鎹が十余りも入れてある。 「四十年から使ってますねんでね、こんなに瑕(ひび)が入りました。何とか様がさんざん湯豆腐を召し上がってく ださったお鍋でござんす。これで一度、そのだしの中で煮まして一度さまします。また煮ます。 それを二度ずつ繰り返しますだけで」〜 とまあ いまでこそ「美味しんぼ」あたりで見かけるようなないようであるのだが。 著者も述べていることだが、この老内儀の会話の中のかすかな関西訛りから独特の高級料亭のあの独特の敷居の高さの中の細やかなもてなしの雰囲気、御馳走の愉しさというものが伝わってくる。 こういう文章は想像じゃ書けんわなあ、と私は嘆息するのでありました^^ |