拾遺


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...... 2008年08月15日 の日記 ......
■ いつかのこの日   [ NO. 2008081502-1 ]

今日は日本が戦争に負けた日ではあったりするが、お盆だったり、知人の誕生日だったりもして、社会人になってからは貴重な連休でもあり、その年なりの思い出が出来、そして重なる。

 

夏コミにいった年もあったが、よく思い出すのは学生時代広島出身の先輩のお誘いで本州旅行をした年。

 

この時期広島に行って、暑さにめげたこと

原爆ドームを遠目に見て、頭の中で目礼したこと

広島の路面電車に冷房が入っているのにビックリしたこと

公共交通機関を乗り継いで安芸の宮島を観光しにいったが、さまで感動しなかったこと

 

お盆にも拘らず車を出してくれた先輩の好意に甘えて、広島から萩、津和野に連れて行ってもらったこと

 

くだらないことほど覚えているというのは本当のことらしく

日程の都合で津和野は通り過ぎただけ状態だったことしか覚えていないが、萩では江戸時代の豪商の蔵を見学したこと、そこにシーボルトが贈ったピアノが展示されていたこと、水色の萩焼の骨董を初めて見たこと、蔵のなまこ壁の前にはその昔、枝振りのよい松が植えられて、その松の前で大坂から役者を呼んで歌舞伎を上演させたのですよという当主の解説に目を丸くしたことどもよりも

 

名も知らない小さな古寺の庭で焦げるように乾いた地面に潜る地蜂を初めて見た驚き

 

萩の海水浴場で初めて本州で海水浴をしたとき

“本当に浜辺に松が生えている、絵本の天女の羽衣や浦島太郎みたい”

(北海道の浜辺には松が生えていない)

と驚いたら先輩にひどく笑われたこと

 

萩の海水浴場の浜茶屋の具の少ないうどんが思いもかけず美味しかったことなんかの方が強く記憶に残っている。

 

観光地の観光シーズン、せっかく萩まで来たのだから、と足を向けた桂小五郎の屋敷前はすごい人で近寄ることさえ出来なかった。

 

海沿いの町なのだからと期待して入った居酒屋に刺身が無く酢で〆た魚しかなくがっかりしてぶうぶう先輩の文句を言うと、先輩にお盆は殺生供養でこの間は漁をしないから、とごく当たり前のことのように言われて、そういうものなのか、ただ思った

 

そしてお盆のたびに殺生供養という言葉を思い出し

お盆につき休業します、という病院の張り紙をみるにつけ、今でも思い、思い出す

 

“ああ、ここでも殺生供養か” 

 

と(違)

 

 

 


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