拾遺


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...... 2008年10月28日 の日記 ......
■ ポプラ通りの家   [ NO. 2008102801-1 ]

懐かしいアニメ歌詞

 

 

「キャプテン・フューチャー」のED

 

きみがいつか あの街へと

行くことがあったなら

ポプラ通りの小さな家 たずねてほしい

そこにいまも やさしい目の 娘が住んでいたら

あいつはとても元気と それだけ

つたえてきて欲しい

木綿の服をなびかせて 好く笑うあの娘は

今では大人の恋をして ぼくをわすれたろうか

ポプラ通り そこは いつも 

夢が帰るところ

時が流れ去っても あの日の

ぼくがいるふるさと

 

月の下を もつれあって

どこまでも歩いた

ポプラそよぐ やさしい時

緑の季節

あすの夢を 語り合って

飽きることも知らず

二人の声が とぎれるのは

くちづけのときだけ

ポプラの幹に 二人して

刻んだ頭文字

あの娘の名前も いまはもう

変わっているだろうか

ポプラ通り そこはいつも

夢が帰るところ

遠く離れるほど 近くなる

戻れないふるさと

 

 

とほくにありておもうふもの、という達観から対極にある美しい青春の思い出を歌った歌。

思い出の中にしかいない初めての恋人、そして“あの日のぼく”

少年のように闊達だった少女をいかに愛したかを知っているのはこの思い出とポプラ並木だけ。

 

...... 返信 ......
■Re:ポプラ通りの家   [ NO. 2008102801-2 ]
みょうくさん、こんばんは。

『キャプテン・フューチャー』、30年ほど前にNHKで放送されたアニメ番組だったでしょうか。
残念ながら、あまりよく観ていなかったのですが、EDはこんな味わいのある歌詞だったんですね。

私が子供の頃に住んでいた海辺の小さな町に15年ぶりくらいに帰ってみたところ、記憶の中の景色とはずいぶん違っていて、がっかりしたものです。

いたいけな(?)子供の心の目に映っていた懐かしい場所は、もう思い出の中にしかありませんが、今はそれで充分だという気がします。

ビートルズの「In My Life」という曲の歌詞にも、同じような部分があります。
思い出の中の恋人や友人達に結びつく忘れられない場所がある、と歌っています。

それから、
「私の人生で 皆をとても愛しているけれど
あなたと比べられる人はいない」
と続きます。

「通り過ぎて行った人達への想いはなくならないけれど
立ち止まって皆を想うこともあるけれど
私の人生で あなたへの愛はつのっていく」

もう記憶の中にしかない懐かしく美しい愛と、今心の中にある、そばにいる人への愛。
どちらも大切にしたい、生きるための力であるように思えます。

クリスタル 2008/10/28 23:41:12 
■懐かしい歌   [ NO. 2008102801-3 ]
こんばんは

「キャプテン・フューチャー」、アニメはNHKの未来少年コナンの後番でデフォルトで観ていました^^
いつのまにかアニメだけじゃ飽き足らなくなってハヤカワSF文庫を買い出してスペースオペラというジャンルがあることを知り、SFにはまって入ったといういわば原体験のような作品でトリトンとは別ですが格別の思い出があります。

後年、「五番街のマリー」を知った時ああ、あの歌はこの歌の本歌取りのような歌でもあるんだな、とも思いましたが、「五番街〜」が恋愛の残滓を追い求めて浸っているのだとしたら「ポプラ〜」は少年の夢や幼い恋心人生全ての出発点になった“ふるさと”への郷愁のようなものかな、と。

>もう記憶の中にしかない懐かしく美しい愛と、今心>の中にある、そばにいる人への愛。
>どちらも大切にしたい、生きるための力であるよう>に思えます。


まさにビートルズの「In My Life」の

>But of all these friends and lovers
>There is no one compares with you
>And these memories lose their meaning
>When I think of love as something new
>でもこういう好きだった人愛した人の中で
>あなたと比べられる人はいない
>こういう思い出は意味を失ってしまう
>新しい気持で愛のことを考えるときに

ですね^^
みょうく 2008/10/29 22:58:04 

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