「誤植読本」高橋輝次編著 東京書籍 趣味で毎日、仕事ではいっぺんこのかたやったことのない校正。 校正。 それは宮沢賢治の詩の如く、誤字にもまけず脱字にもまけず同音異句語にも負けぬドMな精神と肉体を要求され人の間違いを訂正して誰からも感謝されない業務。 この校正をお仕事にし、出版業界に貢献したさらにドMな人々の歴史。 さらに、校正業務に携わる人がときどきとんでもない間違いをやるので 「後世畏るべし」をもじって「校正畏るべし」とかこの業界ではいうらしい。 史上最高に有名な誤字についての記録 〜1623年に印刷された聖書でモーゼの十戒の何時姦淫するなかれの not の脱字印刷本〜 だそうで 当時発見次第処分されたそうですが、二十世紀までにこの聖書ならぬ淫書、六冊確認されているそうです。 そりゃ宗教書のレア本なら手放さんわね。 味のある誤植もあるようで “炭竈に手負いの猪の倒れけり” が “炭竈に手負いの猫の倒れけり” になってしまった、というのがあり。 確かに後者の方が味がある。 詩人の高村光太郎は校正にこだわり、容易に原稿を渡さなかったが、校正が出来上がってきたあとは組違い以外は訂正しなかった というエピソードを読むと本文にノンブルを入れられてしまう、という本文レイプにはどう対応すればいいのやら、とか思い出だしてしまったり。(これって漫画でいえば主人公のドアップにノンブル入れるようなもんだと思うので) 最後に 校正の方の句を一首 「校了に 間近き刷をとりあげて つぶやきながら誤植ひろひ出す」 だよなあ、うんうん。 とディスプレイの前でうなづく私。 |