「最後の早慶戦」笠原和夫/松尾俊治著 ベースボールマガジン社 昭和十八年、戦局も煮詰まる中、学徒動員で戦場に行く前に行われた最後の早慶戦の記録。 映画化に際しての再出版だが、旧版に収録されていなかった慶応大学側からの取材が挿入されている。 試合に至るまでの当時の話が非常にドラマチックかつ感動的に描かれている。 慶応側から提言された最後の早慶戦であったが、軍部の顔色を窺う早大上層部は合意を示さず、春に行われるはずだった試合の予定は流れ、出陣を控えた学生たちに最後の親孝行をさせてやりたいと、教授陣は一旦学生たちを帰郷させる。 しかし、早大上層部が首を縦に振らぬ中、自分の首(時局柄これは命、という意味でもある)をかけてでも試合をする、と昭和十八年秋、試合が流れ意気消沈していた野球部員たちが招集され、試合の予定が立つ。 試合の予定は立ったものの試合時間の急遽変更、関係者以外の観客の入場制限、と軍部の露骨な嫌がらせを受けるが両校の野球部部長と学生たちが知恵を絞りながら試合のための準備を進める過程に感動する。 〜再び歩み出せたのは飛田先生の次のような一言があったからだ。 「お前たちは試合をしているために練習をしているのではない。肉体を鍛えるためでもない。どこに行っても『早大の野球部だ』と、堂々といえるような立派な人間にならなければいけない。それは練習の苦しさによって培われるものだ。さあ、ユニフォームを着ろ。そして球場に急いで行け」 上記の台詞にグラウンド・ゼロの直後、ニューヨーク・ヤンキースの監督が選手にかけた言葉を思い出しました。 「そうさ、俺たちがしているのはたかが野球だ。だがそれ以外俺たちに何が出来る?さあ、野球をしよう、観客が待っている」 人というものは脆いものだ。 薄っぺらいプライド、通り一遍の常識、教え込まれた正義なんぞ戦場という極限状態では何の役にも立たないだろう。極限状態で人が人でいるためには一体何が必要なのかを考えさせてくれる。 迎え撃つ早大側の学生は率先して誰に言われたでもなく選手用トイレの掃除をして気持ちよく使ってもらおうと、慶応側を迎え入れる。迎え入れられた慶応側の観客は塾長みずから特別扱いを辞して一学生たちとコンクリートの階段席に新聞紙を敷いて座って観戦。試合が終わった後は一人としてゴミを残していく者は無く去就の見事さに早大側は試合は慶応の投手の練習不足により、早大の大勝だったにもかかわらず、負けを感じた如く心打たれたという。 試合終了後、互いの校歌、応援歌を歌い、今度は戦場で会おう、と球友(いい言葉ですねえ。この一言に無上の気持ちがこもっています)と約し、誰とも無く「海行かば」を歌いだし球場全体が歌声に満ちたという。 これはもう試合というレベルではありません。 儀式といっていいでしょう。 「儀式」は終り、学徒出陣。 この日試合した学生たちはほぼ全員が戦死した。 語り継ぐ価値のあるアマチュア野球の精神の真髄を見るような一冊でした。 2008年夏に映画化されて好きな俳優さんが出演しているので観にいきたかったんですが、ミニシアター系のちいさな映画館でかかっていて上映期間が短かったので観にいけなくて残念でした。 ソフト化もしくはCSでの放映を待っている 「ラストゲーム 最後の早慶戦」映画公式サイトはこちら 表紙の折り返し部分に試合当時使っていたグロ−ブの写真がありました。 これががっちゃいグローブなんですよ、皮製のキッチンミトン?みたいな。 でも、これは世界一愛されて使われたグローブなんでしょうね。 |