
「日本最初の盲導犬」 葉上太郎 文芸春秋 失明した傷痍軍人のためにドイツから輸入された四頭のシェパードから語られる日本盲導犬の黎明期。 以前医療機関に勤務していたとき、隣接した医療機関に勤務する全盲の男性が打ち合わせでこう発言した。 「バリアフリーというけれど、私は廊下は段差が無いほうが逆に怖いです。どこに進んでいるのかわからなくなるから。むしろ、フロアのセクションの変わり目なんかには微妙な段差かスロープがあれば施設内であれば杖無しでも歩けるのに」 この発言に真のバリアフリーとは、真のホスピタリティとはなにか考えさせられるきっかけを持った。 本書の感想もよく似たところがあり、盲人に対する真のホスピタリティとは、盲導犬を連れたペアへの真のホスピタリティとは何か、非常に考えされられる本。 まず、戦前の黎明期、ドイツから盲導犬として訓練されたシェパードを輸入するが、輸入元の日本陸軍としては失明した傷痍軍人のために一刻も早く安価に、大量に盲導犬を育成したいと、ドイツに盲導犬の訓練マニュアルがないか問い合わせる。 しかし、ドイツの回答はこうだった。 「盲導犬訓練にマニュアルはありません」 黎明期が故の不備ではない。 「もとより存在しない」 のである。 習慣の差、文化の差、身分の差、性差あるとあらゆる違いを超えて活動する盲導犬はマニュアルなどでは訓練できない。その土地、その状況に合わせた育成・訓練こそが必要とされるのだと言われる。 ちなみに現在でも盲導犬訓練マニュアルなどは存在しないそうで。 戦地から帰還失明した傷痍軍人は人体実験さながらに、訓練された盲導犬とともに自身もまた盲人としての生活訓練を余儀なくされる。 目が見えなくなった方は光を奪われるよりも強い衝撃と戦わなければならないのだという。 それは「自分がこの世から必要とされなくなったのではないか」という孤独感。 そこに、飼い主に絶対の信頼を寄せ、主人の目となり、導き、なによりも飼い主として必要とされる盲導犬の存在は時に戦意高揚のプロパガンダに利用され規則とて国鉄の乗車も許されない盲導犬とともに、それでも暗くなりがちな失明傷痍軍人の確かな、新たな光となっていく。 しかし、戦前、戦中、戦後の混乱期のなか、食糧不足で餓死していく犬、盗難にあい行方知れずとなった犬、そんな犬とは対照的に戦後まで生き抜き主人の光となり続けた犬と、その飼い主たちの生涯を追う。 散逸した記録でもあり、まとまった記事にしにくかったのであろう、本書は読み物としてのメリハリに欠け、かなり読み辛い。 しかし著者からのメッセージ 「生きよう、生きる喜びがある、生きて甲斐の無い者などいないのだから」 という明記こそされないがはっきりと語られるメッセ−ジが確かに心を打たれる。 自分が出来ることは数少ないだろうと思いながら、これからは「ミーナの募金箱」を見かけたら些少なりともお金を投入しよう、と思わせられました。 |