
「世界と日本のアニメーションベスト150」 フュージョンプロダクト刊 いわゆるアニメムックであるが、かなり無理な企画。 よくあることではあるが「人に勧めたい作品」と「自分の好きな作品」は男と女の間ほどに暗くて深い溝がある。 人に勧めるために自分の最大公約数を上げ下げする場合もあったりすると、もう何が「いい」のだか自分でもわからなくなる。 そもそもアニメは自分にとって嗜好品なのでいつ誰とどんな場合に鑑賞するかで感想が違う。 保存映像をもっていても、いや、もっているからこそ映像は一期一会。 それをわかって紹介しているのか、この企画は、と突っ込みどころ満載である。 しかし、本書のラスト、ユーリ・ノルシュテン氏のインタビューのラストを読んでこの本には作品との出会いという「きっかけ」という価値がある、としてあまりこき下ろすのをやめた。 以下、長いですが引用(敬称略) 聞き手:才谷遼 才谷「アニメを創る若者へのメッセージなど、若いうちに経験しておいた方が良いことはありますか?」 ノルシュテン「(作品製作中に)可能な限りたくさんの本を読むし可能な限り他の人の作品を観るし、展覧会を観るし、でもこれは私が読んだり見たりするものの数字ではなくて、この中で私自身が目にするものはなにか、ということが大事なんです(中略) ほんとうに素晴らしい作品はとても重層的でそして自分の持っているものでしか受け取れないから、そのときは知っているつもり、わかったつもりでもまた再び観たときに別の層が発見されたり別のものが見えてくるんです。ですから「これは観た」「もうこれは読んだ」とかいうのは決してありえないんです。(中略) だけど、やりたいことの周りでアイディアを自分で創り出してゆく事、そして人生を愛してください。この人生という言葉は、命も生涯も人生も暮らしもみんな入ります。それを愛してください。 そしてもしあなたの考えや感覚、印象、すべてが他の多くの人たちの中で孤立していてもそれを恐れないでください。自分のその感じ方、考えにしがみついてください。 ただし、その自分の考え、感覚というものを考えるときにその自分の中の歴史、芸術とか、周りの歴史、周りのすべてに深く結びついている時にその孤立したものを守ることが出来るし、守る価値があるのです。自分の中の私というのを頑固であるということと、その自分の孤立を守るということは違います。 この自分の中の私が自分の国の歴史や社会や宗教やあらゆることと深く結びついている時に頑固でいることはできません。 頑固さと自分を守ることとは違うことなんです。そのことを忘れないでください。 そしてこの人生に起こるあらゆる素晴らしいこと、これを捉えて下さい。時によると悲劇の主人公が『人生は素晴らしい!』と叫ぶときがあるんです。それは何を意味するのかというと、公平さがこの人生にある時、その公平さに対する賛嘆、感嘆なんですね。人生は素晴らしい。 でも、こんなことを私があなたのように若い頃に全部わかっていたなんて思わないで下さい(中略)私は若い頃を思い出して火事のように真っ赤になるんです。そのことも忘れないで下さい。そしてこの“恥”」こそが人を育むんです。この恥の部分がその人を育ててくれるんです」 スタジオワークが身上のクリエイターであるアニメーション作家の「贈る言葉」ですねえ。 |