
「屠場文化 語られなかった世界」 桜井厚 岸まもる 創土社 欧米と違い日本の屠場文化(要するに食肉加工文化)はケガレの概念を一手に引き受けるため古来「汚れ仕事」を請け負う被差別部落民族の仕事だったという歴史的背景が今でも日本文化に濃い影を落とす。 その歴史と現在と実情。 という本である。 スジ肉の煮方、ホルモン煮込みの作り方、をこわごわ紹介する著者に苦微笑を誘われながらその煮込みの材料一つにしても昔は自転車で売りに来るのを近所にバレないようにこっそり買っていたものだ、という「ケガレ」とのかかわりをおおやけにしたがらない精神構造に著者と同じショックを受ける。 つっかだって 料理しているときの臭いで近所にまるわかりじゃんか。 まるわかりでもそこはそれ、トイレに行くのや屁をこくのを公言しないように肉を買って喰らうのを公言したがらないこの「ケガレ」への忌避の重いこと重いこと。 肉はんまい けど肉をさばくやつらはケガレ というこのどうしようも無い考え方の蔓延っぷりに頭が痛くなる。 「ごちそうさま」と「いただきます」の精神が徹底していればこんなこと頭の一辺にも思い浮かぶまいとおもうのだが。 日本に食肉文化が無いというのは大嘘。 屠場の解体業者の腕は生半なものでなく、上級者は牛一頭殺すところから始めて、牛のテールの骨から肉を外してしまうことができるほど(!)だ。 鳥の首肉をせせることができる技術も凄いですが、それの上をいっていますね。凄い凄い。 因みに肉をとった後の牛の尻尾の皮は皮革加工業者が、牛の尾の毛は毛筆製作業者が買い上げにきてまるで中華の料理人に豚をさばかせたら鳴き声しか残らないと揶揄されるが如く、彼らに牛をさばかせたらモーという声しか残らないというのがあたりまえだったそうだ。 ともあれこういう考えがう今日も日本のどこかであたかも常識であるかのように稼動していることは疑いも無く、1990年代末の牛肉自由化、O-157事件から消費量が落ち込み解体業自体が落ち込んでゆく。 これをしおに解体業を廃業して息子や孫には上の学校に進学させ解体業を敢えて継がせず、社会的身分上の被差別からの解放を勝ち取っていきたいと願う元・業者もいるという。 とはいいつつ被差別部落取材と調査をしている著者と、ためらいなく食肉解体技術を取材に来た女の子への屠夫さんの説明や対応の仕方にふと気付く。 「じぶんはいったい何を見ていたんだろう」 という取材の対象ではなく、どこかで自分は色眼鏡で、上から目線で取材してはいなかったか、と取材する自分自身を見つめなおし、ナンシー・ウッドのネイティブアメリカンを取材した「今日は死ぬにはもってこいの日」(金関寿夫訳 めるくまーる)のネイティブの古老の言葉を引く。 「いろんな人がここにやってくる、そして俺たちの生き方の秘密を知りたがる。やたら質問するのだけれど、答えは聞くまでもなく、連中の頭の中でもうできているんだ。」 知ろうとする、覚えようとする、解ろうとする そして 知った、覚えた、解った けれど 知ったつもりになった、覚えたつもりになった、解ったつもりになった、だけだったのかもしれない。 「人は見たいと思うものしか見ないもの」 取材の最後に虚心に振り返る著者の言葉が印象的な本でした。 本書の書評はここにかなり読ませるのがあります。オススメ。 |