
「ココ・シャネル 時代に挑戦した炎の女」 エリザベート・ヴァインマン著 深味純子訳 阪急コミュニケーションズ 毎度おなじみシャネルブランドの創業者にして天才クチュリエール、猛女で烈女、ココ・シャネルの伝記 以前イタリアの高級衣料を扱う個人輸入者のマダムが言っていたのだが 「どんなに高級品でもフランス製ってイタリア製品と比べたらいまだにチープシックなのよねえ」 一度身につけて比較してみれば即座に理解できるが、一度身につけて生活の中に置いてみないとわかりえない感覚だろう。 確かにそうなのだ。 イタリア人の作る服や靴は刹那的なまでに享楽的だ。それに比べてフランス製は着回しやら組み合わせしやすい色やつくりになっている。 そのチープシックな感覚は高級ブランド・シャネルにおいても然りなのである。 そうでなかったらシャネルスーツが24時間TPOを選ばない洋服たりえない。 そういう部分をつくづく再確認してしまう内容の本。 シャネル流オシャレキャテキズムともいうべきシャネルの名言の数々 「人は醜さに慣れてしまうことがあるかもしれないが、怠慢に慣れることは決してない」 「目が魂の鏡であるとされているのなら、口も心の代弁者であるとなぜ認めないのか」 「女性というものは、微笑みながらすべてを捧げ、ひと粒の涙ですべてを取り返すことができる」 等々はシャネル本人が考え出し、警句として洗練させたのは元カレで神経症の売れない詩人ルヴェルディだった、というのはこの本で初めて知った。 今でいうなら公私兼用コピーライターを雇ったようなものか。 |