拾遺


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...... 2007年02月13日 の日記 ......
■ 読書   [ NO. 2007021301-1 ]

「ひとがた流し」 北村薫著 朝日新聞社

 

大好きな作家。が、ものっすごく寡作。

作品の表面に現れない力感、緊張感がありながら、含羞に満ちた潔癖、ともいえる清潔感のある文章。

構成力を有しながら、構成を読み手に意識させないよんで美しい表現力のある文章。

 

中年を迎えた幼馴染の女三人、TVアナウンサーの千波、一応専業主婦の美々、作家の牧子。

其の三人に、ささやかなさざなみが立つような、出来事が起こる。

付かず離れずのさりげない友情で結ばれた女三人は、さざなみに寄せられたように、今一度

お互いに、友情に、人生に向き合う。

 

ささやかな、と書いたものの、女三人、それぞれの人生に起こる、結婚、離婚、再婚、出産、引越し、怪我や疾病による入院、実は人生の一大事

なのだが、本書の趣旨はそこにないので、力点をそこに置かない、それでいて、何か起こったという表現力が、さりげなく見事。

 

タイトルの「ひとがた流し」は主人公各の一人、母子家庭で育った千波が、幼い頃、育った町で川にひとがたに切った紙を流して、願いをかけた行事があったというエピソードからとられている。

成長した千波は、その行事は、「厄落とし」であって「願掛け」ではなかったのではないか、と他人に指摘を受ける。

が、千波本人はあれは紛れもなく「願掛け」であった、思い違いではない、という。

仕事柄、専門家に直接尋ねる機会を得る千波は、専門家に、問う。

幼かった千波が、母が、ひとがたに託して流した「それ」はなんだったのだろうか?

 

登場人物たちのかかわりを、さりげない日常を、描きながら、著者が本書に込めたメッセージの一つだという

「祈り」

が、余すことなく表現されている。

 

良質のミステリ作家でもある北村氏の作品だけあって、「日常の些細な謎」を伏線にしてしまう手腕は見事、の一言に尽きる。

 

久しぶりに、フィクションを読んで泣きました。

BGMは小田和正の「WOU WOU」が、多分お勧め。

 

体調も戻りつつあります。

久しぶりに、深夜酔っ払って外伝7推敲。

酔っ払っった私がパソコン前の椅子から落っこち、CDケースを割るほどの大騒ぎがあったそうです。

あったそうです、というのは騒ぎを起こした私自身は酔っ払ってなーんも覚えて無いから。

「何でこんなとこに傷が?」

と体についた傷(割れたCDケースで切ったようです)の由来を尋ねたら、夫がコトコマカに顛末を教えてくれました。

しばらく夫には頭が上がりません。

 

 


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