「ある漂流者のはなし」吉岡忍著 ちくまプリマー新書 読了 2001年、37日間の漂流生活、極限状態から生還した男性、武智三繁(たけち みつしげ)さんのドキュメンタリー。 この方の 「人間ってなかなか死なないものだ」 は2001年の流行語大賞になったそうで。そう言えば、ああ、と思い出し方もおられるでしょうか。 私もこの本を読むまですっかり忘れていました。 本書によると、漂流時、長崎県の五島列島の端、崎戸島(さきとしま)で漁師さんをしておられたそうですが、実は高校を出て、東京で就職、漂流事故の三年前まで東京で暮らしておられたとのこと。 幼い頃からお父さんに海に連れ出され、漁の手伝いをしていましたが、船酔い体質で、吐いてばかり。 大人になっても漁師にだけはならない!とおもっておられたとか。 体格も158センチ。体重42キロ、 とこれといってたくましいわけでもなんでもない体格の方です。 育った炭鉱と漁業の町は武智さんの幼い頃からすでにさびれはじめ、仲のいい幼友達も、中の悪い幼友達も、どうかすれば、町そのものも、いつの間にかいなくなってしまう、そうして、それを寂しいと思う暇もなくそれを受け入れなければならない、という環境で育って、成人してからはご両親も亡くなって、火事で生家も焼けてしまい、お父さんの持ち舟もとうになく。 何もかもなくして、気が付けば、48歳。操舵免許と高校までの経験を頼りに生まれた町に戻って、海に出ていた、とのことでした。 そうして、それでも帰った 見知った顔もない何もないふるさと。 読むだに物寂しいです。 いつの間にか寂しいことを寂しい、と執着することすら諦めて人に係わらず、人の中をさすらうことがこの方の生き方のようになっていたようです。 煩わしい人間関係から離れていられる 変わらぬ船の上は孤独な、そしてかけがえのない安らぎだったに違いありません。 そして漂流。 船のエンジントラブル。水も、食料も、心の慰めにしていたカセットテレコの電池も切れ、自分の尿を啜って存えていた、と言う極限状態。 やすらぎをくれたのも海 孤独をくれたのも海 命をとられそうになったのも海 けれど救ってくれたのは人間でした。 漂流船を目にしたマグロ延縄漁船の方が、ふと好奇心が湧き、漂流する船に近付いた のだそうです。 37日間漂流する小船はさながらおんぼろ幽霊船のようで 生きている人がのってはいないだろう と。 運命がなにか気を変えたようなそんな廻り合わせ でしかなかったのでしょう。 けれど、武智さんの命を救ったのは海ではなく人でした。 そして生還 体験談を語ってくれ、と言う講演依頼、マスコミの人中に揉まれて、武智さんは生涯三度のうち二度目の入院体験をしてしまいました。 しかし退院して、海に出るとやはり、海からは元気を貰う と語る武智さんはもう厭世観に満ちた孤独者ではありません。 きちんと取材に応じ、ありったけの言葉でルポライターの吉岡氏に語ってくれていました。 武智さんの亡きお父さんは武智さんを漁師として海に連れ出したとき、こういったそうです この子は 海に叶う人間だろうか 海に叶う いい言葉だなあ、と思いました。 海に望まれる でもなく 大漁に恵まれる でもなく ましてや泳ぎが達者 でもなく 海とはなにか 海の上で人、人の中の海、を自分の中心軸線でとらえていける人としての資質 を問うているようです 人に叶い、海に叶う だから生きられる 人間 斜に構えるわけでもなく、甘えて寄りかかるわけでもなく、生き摺れず 人として生きる とは何か もう、武智さんは漂流者ではありません。 海をさすらうことも 人の中をさすらうことも ないでしょう きっと。 いい本でした。 |