私はしませんが(笑) いつか「ハリーポッター」シリーズ読中、文中の 「ウリにつめありツメにつめなし」 という訳語に妙訳だなあ、と同時に苦しい訳だなあと思ったことがある。 通訳のアルバイトをしている知人曰く、多分微妙なスペリングの違いを表現した言い回しが英語にもあるんだろうね、とのことでしたが。 私的には、「ウリにつめ があって ツメにつめ がない」 のは 漢字でのことなので、英米文学としてはかなり違和感のある訳だった。 (例えていえば、アメリカはNYで20世紀バレエ団のプリマバレリーナが私立探偵を兼業していてもそれを“二足のわらじを履く”という表現をするとかなり違和感を覚えるように) 翻訳とは難しいものだなあ、と感じた。 文化背景を含めた語感を語意を、他国語に置き換える。 もはやこれは一種の創作ですね。 「長崎通詞ものがたり ことばと文化の翻訳者」 杉本つとむ著 創拓社 読了 日本の翻訳事始めを紹介した本。長崎通詞というのは、要するに鎖国時代の長崎出島でオランダ語を読めて書ける通訳さん。 著者が文学者なせいかやたらとグラマー的解説が入るのがややかったるいが、著者の翻訳への情熱を感じさせる本でした。 エピソードひとつひとつは、みなもと太郎さんのマンガ「風雲児たち」でほぼ既読のエピソードばかりだったので、私的「へえ」感は乏しい。 が あまりにも有名なエピソードをひとつ 長崎通詞・西善三郎と蘭医・前野良沢。 五十過ぎて蘭語を学びたい、という良沢に西が言う 以下引用 〜「たとえば貴殿は酒を呑まれるや否や?と、問うとする。もちろんオランダ語を知らぬはじめは、手真似で、その旨を伝える以外に方法が無い。御茶碗を手に取り、酒をそれに注ぐ真似をする。次に、御茶碗に口をつけて、飲む格好をする。──そこでオランダ語では何と?と蘭人にたずねてみる。すると、drink(デリンキ=飲む)と教えてくれる。これで飲むはわかったのだが、さて、上戸か下戸か?を問うにはちょっと手真似では難しい。 方法が無いわけでござる。 たくさん飲む真似で上戸、少ししか飲まない真似で下戸を示すことはできそうだが、それがすぐに酒好き(上戸)かどうかといういみにはならない。酒が好きかどうかはその人の好みの問題でござろう。 上戸=酒好きオランダ語ではaanterekken(アーンテレッケン)というのでござるが──アーンは向うの意、テレッケンは引く事──これは向こうのものを手前に引き寄せることの意なので、上戸には最適といえる。故郷を思うときにも用いる事ができる。幼時から慣れ親しんだならいざしらず、用法意味を知って自由に使いこなすことは面倒至極でござる」〜 で、要するに西通詞は良沢にオランダ語マスターを諦めさせようとするんですが、この後、この言葉に一念発起。 前野良沢が「ターヘルアナトミア」を翻訳し、オランダ語はおろか、鎖国時代にフランス語、ラテン語までマスターしてしまったというオマケ的後日譚がある。 私はトリトンをaanterekken♪ |