戦後「翻訳」風雲録 翻訳者が神々だった時代 宮田昇著 本の雑誌社 読了 今だから筆者が語る、戦後翻訳業界バクロ話 なかでも、田村隆一が、如何なる策を弄してか、早川書房の編集長に納まり乱脈経営の限りを尽くすものの 何故か雑誌や刊行する本は売れてしまう、というくだりが痛快に面白い。 筆者も嘆じていることだが、それにしても詩人に編集者をさせるとはなんという無駄なことを、と思ったものだ。 ヤマガラに御神籤を引かせたり、犬に買い物させる程度ならば、なんとか仕込むこともできようが。 詩人を編集者に、とは。 猫に朝九時に出勤させてタイムカードを押させるようなのもか。 もし諄々とそんなことをするような猫がいたとしたら、それは猫というなの別の性の生き物だろう。 著者本人が、完璧な「被害者」だったならもっと痛快な話になっていただろうが、著者もまた同じ穴の猫ならぬムジナ。 翻訳者、なのだった。 ので、時に加害者に回ってしまったときもあり、回顧譚としてはやや切れが悪い。 反面、田村隆一は爺いキラー(笑)でもあった、という話に思わず爆笑。 爺いキラーの魅力を遺憾なく発揮して海外ミステリのコレクターだった江戸川乱歩に取り入り、原書を手に入れ翻訳権をとりまくっていたとか。 誰にでもとりえはあるものだ、と思う反面、人畜無害の詩人というは人畜無害がとりえの無能な文学者だということかもしれない、と苦々しく結ぶ筆者の渋面が目に浮かぶような内容だった。 珍しく外でランチしました。 スペイン料理屋にて。 ランチタイムに店に入って席に座り、オーダーする男、四人組。 男1「オレ、パスタ」 男2「パスタ」 男3「パスタ」 男4「今日ランチ、お願いします」 ややあって 男4「俺、宗教上の理由でパスタ食べれないんだ」 ・・・・・・・・・・・・・ 男4「本気にするなよ」 いや、絶対したね、一瞬。 宗旨はなんだと思ったのかな、みんな^^ |