私は子供の頃気難しい子供だと思われ、そのように周囲に扱われ、そのまま成長。 そして成人し、老境に差し掛かって今に至る、という経緯で人生を過ごしてきた。 らしい なにせ 私の母にして私の夫に 「あのこ、気難しいでしょう」 と私がいない時にその実を案じトークをしたというほどだというから (とはその旨私にリークした夫から聞いた言葉) 嫌なことには頑として首を縦に振らない性格はいまだにそうだとしても それの何が 「気難しい」 のかちっとも解からなかった 今にして思うと 回りが思うように「扱ってあげられる」 可愛げのある子供じゃなかった という部分が 「気難しい」とか思われていたわけですね。 身勝手なのはどっちだ。 自分自身の意見がなければ「主体性が無い」 と、言われ まわりに適当にあわせていれば「八方美人」 と、言われ いざ、自分の意見を言おうものなら「生意気だ」 では 個性なんて育ちようがありません。 マクラはここまで^^ さて 「読書」
「黒蜥蜴」 三島由紀夫著 学研M文庫 江戸川ロマネスクを三島レトリックで彩った名探偵VS女盗賊の愛 作中、黒蜥蜴が狙うダイヤ「エジプトの星」の所有者、作中の俗物代表、宝石商岩瀬の台詞。 「宝石は絶対夢を見ないのだ・・・ 正確に自分の値打ち相応に生きている者が、どうして夢なんか見る必要があるだろう。」 コワイね、と思った。 この世の中の物理法則に則って生きていればプルトニウムもいずれ鉛になるというのに 「価値観」というものは不変 なのだとしたら。 醜くも、老いもしない代わりに 夢も見ず 美しくならず、成長も しない ってことだからね。 不変の価値 というのは止まった時間 止まった時間のなかで生きる人間は成長しない。 そしてその感性は夢すら見ない 既成の価値観にすっぽりと入り込む恐ろしさ を抉り出した言葉だなあ と思いましたね。 |