「明治大正見聞録」 生方敏郎 中公文庫 生方敏郎、って一発変換されました!凄い! 明治初期の群馬に生まれ、明治〜大正期に壮年期を送った著者の教科書には絶対載っていない肌で知った歴史。 ジャーナリストとしての視点と硬骨なユーモアがない混ぜになった文章は旧漢字の混ざる文章に読みやすさ、面白さを与えている。 好エッセイ。 同時期を描いたエッセイというと故・沢村貞子さんの「私の浅草」などが頭に思い浮かぶところですが生まれも育ちもちゃきちゃきの下町生まれの沢村さんの文章と好一対をなしています。 関東大震災の被害にあった様子を綴った一文が凄い この辺も沢村貞子さんが綴った“関東大震災”の記憶と読み比べてみるのもまた一興かもしれません 話は著者の妻が関東大震災当日の九月一日、六人目の子どもを出産したところから始まる (ちなみに男・男・女・男・男・女の順だそうです) 倒壊しかかった家屋のなかで難を逃れるも、大きい揺れが収まると皆口々に、著者に避難を勧める。 屋内には生まれたばかりの嬰児を含めた六人の子と産後の妻、そして産婆。 そのなにもかも振り捨てて逃げてしまいたい、と恐れおののく著者に隣家の老人が迷わず避難を勧める 「生方さん。あなたが助かればみんなも助かる。産婦は動かすことができないから運命に任せて、大きい子達を逃がさなくちゃなりません」 これ、凄いな、と思いました。 “あなたが助かればみんなも助かる”と冷静に言えるのも凄いが本来優先順位など無い命に、せめて助けられる可能性の高い方を助けろ、死に急ぐことは無い、と沈着冷静に、赤の他人が言えるって凄い 連れ出した上の子が尿意を催した時、あいにく開いている空き地が警察前しかないので “こういうときでもないと警察の前でおしっこなんてできなんだからしてしまいなさい”などというディティールに微笑してしまいつつ、震災の凄惨な状況を眼にしながら民間人も警官もこの家に産婦がいることを知っていて温かい心遣いを示す 箇所に誰もが被災者、という状況を考えると、各人の精神的強靭さはどこから来るものなんだろうなあ、とすら思った。 そして、何とか産後の妻と嬰児が倒壊しかかった家屋のなかで生存、無事再会した時、著者の妻が言う 「女は詰まりませんねえ、お産なんかして。 今度の地震に私みたいにお産をした人が世間に幾らでもあるでしょうけどが、惨めですものねえ。地震は寝ているせいか、そんなに大きいと思わないけれど、夜、夜どおし感じましたよ。 でもお産婆さんが地震が始まるとしっかり私の胸ぐらを取って抑えて、騒いじゃいけませんよ、と言って看護婦さんと一緒に力づけてくれましたので、何ともありませんでした」 このときのことをふりかえって著者は“周りの人たちがみな善人で幸福だった”と語る 明治の男は強し、そして女はもっと強し、みたいな感想が頭に浮かびましたが 違いますね そうでなかった人も沢山いたのでしょうから(そしてそれをせめることもまた難しいのですし) むしろ 優しいということは強い、ということ 優しさだけでは人も自分すら守れはしない ということなのかもしれません Content-Disposition: form-data; name="image"
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