拾遺


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...... 2008年06月30日 の日記 ......
■ エディット・ピアフ   [ NO. 2008063001-1 ]

私の愛する歌姫の一人

(うち一人はフィルクローレシンガーのクリスティーナ、一人はオペラ歌手のマリア・カラス 

 

あらみんな故人だわ)

 

ピアフの歌声は私にとって特別だ。

わけても好きな歌がある。

人に聞かせたいような歌ではない。

 

「いつかの二人」「パダン・パダン」

 

「いつかの二人」

歌が一つの物語を物語る。

 

皿洗いの女のところに若いカップルが姿をあらわす。

世にゆきどころない愛し合う二人はただ訴える

「愛し合う場所が欲しい」と

そして皿洗いの女は彼女の部屋を提供する。

皿洗い女は、愛し合う半身とも言うべき自分にとっての何かがいないことを

痛いほど思いしらされる

 

痛い 痛い 哀しい 哀しい 口惜しい 口惜しい

そして寂しい

 

曲は皿を割る音で終わる。

 

かつて宮崎駿さんがこの歌を聞いて「太陽の王子ホルスの大冒険」のヒルダにイメージを重ねたというエピソードで有名な曲かもしれない

 

もう一つは

「パダン・パダン」

は恋人と別れた歌だ。

 

高校生の頃この歌詞を読んで涙を流したものだ

 

 

 

夜も日もわたしにまといつく あのこえは

昨日今日からのものじゃない

私の生まれたのと同じくらい遠い昔から

追憶の楽士が奏でる音が私の後からついてくる

いずれ私はその音のひとふしに気がふれてしまうだろう

いうまもなく 言葉はもつれ 言葉さえ切られてしまうのだ

その言葉はいつもわたしを先回り

私の言葉はかきけされ

パダン パダン パダン

それはわたしを追いかける

パダン パダン パダン

覚えているかと小突かれる

パダン パダン パダン

いつもわたしを後ろ指

そしてわたしを引いていく

過ちの苦しみも許さない

何でも知っている この一節を

 

 

もうなにをしても遅い

身悶え足摺り額を打ち足掻いて嘆いても及ばないこの後悔

 

というものがあるのなら、きっとそれが表現された歌詞と圧倒的な歌声によく泣いた。

 

子供だったころはただ歌声に圧倒されて泣いた

いまはこの後悔すら届かない悲しみ、という言葉に共感して泣く。

 

この後悔に次があるのなら

 

そんな言葉を許さない

生まれつき幸福になれない人間はいるものなのだよ、といわれているような

むごさに、泣く。

 

そんなことはない、そんなことがあってはならない

 

と思いながら。

 

 

 

 

今日は暗いな


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