拾遺


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...... 2008年10月05日 の日記 ......
■ いわゆる一つの癒し   [ NO. 2008100501-1 ]

十年ほど前から癒し系という単語を耳にするようになった。

たれぱんだが流行りだしたころあたり、でしょうか。

 

そして今アロマやらアイドルやら果ては二次元に時代の癒しを求めて世の癒し探しは安定期を迎えたように思われる。

 

十年このかたこの“癒し”なるものを追いかける(または作り出す)現象を傍から見ていて思うこと一つ。

 

いろんな人が癒されたいと言葉にするほどに疲れている

 

そして

 

いろんなひとは癒されたいと言葉にするが“癒したい”とは口にしない

 

ということを感じた。

 

人は人、十人十色なので何に癒されるかは皆目見当がつかないし、また逆につけられても困るという面も無くはないが癒しを望むばかりで癒し手でありたいと望む存在は稀少。

(だから商売になるのかもしれないが)

 

癒しがいくばくかの金銭でコンビニエンスにあがなえるなら、次から次の癒しをほしいほしいと望むばかりの存在になりはてるのも合点がゆく。

 

癒されたいと望む人は癒したことが無いのか

 

または

 

癒すことにもう疲れてしまったのか

 

不在の癒しの希求は目隠しされた暴れ馬のように走っていくのが見える

ただし、行き先も止める人も、いるかいないかも、誰も知らずに。

 


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