読書感想 「カラヤンとフルトヴェングラー」 中川右介 幻冬社新書 巨匠・フルトヴェングラーと若き帝王・カラヤン、そしてこの二人と同時代に生まれてしまい、なまじっか音楽の才能がありながら空気が読めず性格の悪さで割を食ったチェリビダッケのベルリンフィルウイーンフィルそしてバイロイトと音楽界の王者の座をめぐる欲望と執念のドラマ。 三十も年下の若造のカラヤンを事あるごとに本気に蹴落としにかかるフルトヴェングラーのもっそい権力亡者ぶりに驚きながら、ことあるごとに捲土重来の機会を窺う抜け目無い商才だけはたっぷりあったカラヤン。 二次戦前後を通じて、ナチ政権下でゲッペルスやゲーリングと渡り合いながらこのもっそい権力闘争を続け、音楽活動し、なおかつ離婚・結婚しているこの二人のタフさに恐れ入る。 常人ならこのどれか一つでストレスで体が参ってしまうだろう。 権力者に利用されながらナチ政権下に取り込まれないようにするための丁々発止のやり取りはありがちなフィクションよりも面白い。 音楽的地位ゆえに権力者に利用されるのだから身の振り方にもっと注意をはらうべきだ、とフルトヴェングラーに意見するカール・ベームの常識人っぷりがいっそ哀れに見えてくる。 ゲルマン人は保身のために亡命したユダヤ系ドイツ人音楽家,ベーム、クライスラー、クライバーに冷淡だった。 戦前戦後、ドイツ人と苦楽をともにしたフルトヴェングラーとカラヤンにナチ協力者疑いは終生ついて回ったがドイツ国内での支持は絶大だった。 (どうでもいい話だが、このあたり、ヤクルトから北海道日本ハムファイターズに移籍して一生ファイターズ宣言をしてくれた愛知県出身の稲葉篤紀選手に北海道人が好意を寄せるのと好く似ている) それが故、フルトヴェングラー亡き後、ベルリンフィルの音楽監督=王位をチェリビダッケから「簒奪」したのではなく、フルトヴェングラーから「禅譲」されたのだと必死に立ち回るカラヤンに、性格の悪さも災いしたチェリビダッケは「王国」を追放される。 ヒトラーが愛したバイロイトにはなんの罪も無い無いながら、ドイツ歴代首相はバイロイトを訪れるのを、「ヒトラー以来〜」と報道されるのを忌避したため、なんと21世紀に当時首相だった小泉首相がバイロイトでワグナーのオペラを観劇したい、という意を受けてやっと臨席したのがなんと21世紀、じつに六十年近く振りだったそうだ。 このナチ・アレルギー、これって日本の靖国問題を思い起こさせます。 クラシックの黄金期を通して三人の音楽家の生涯がみえてくる、ダイナミックかつ繊細なライターによる読み応えのある一冊でした。
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