拾遺


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...... 2009年02月17日 の日記 ......
■ 読書とか   [ NO. 2009021703-1 ]

読書感想

 

「吉原御免状」 隆慶一郎著 新潮文庫

 

肥後山中で宮本武蔵に育てられた松永誠一郎は、十四で師であり養父である武蔵に、二十五まで山から出るな、二十六になったら庄司甚右衛門を訪ね、江戸吉原に赴け、と遺言される。

(ここでアマゾンライダーを連想する私がいる)

二天一流の天才的使い手にして自由闊達な好青年(童貞)に成長した誠一郎は、初めて踏む江戸の土、江戸の空の下、吉原の夕暮れ、大歓楽街の夜の始まりを告げる百丁は越えるであろう三味線の「見世清掻き」が響き渡るなか、数奇な運命の下に生まれたイノセントな青年・誠一郎の、釈迦の四門出遊の如き、人の巷の逢と合、愛と哀が、今、始まる…

 

吉原=苦界→公界、いわば江戸幕府の治外法権独立自治区という図式の展開、独立自治権を認める印可状である「御免状」、それを奪い去ろうと画策する老中土井と裏柳生軍団、影武者徳川家康、天海僧正:明智光秀説、奇伝ロマンに満ちたモティーフとそのどれもが見事に本筋に絡んでくる山田風太郎風味なえろすいシーンを差し挟みながら進む 巧妙なストーリーテリングに圧倒されっぱなしで読み進む。

 

そして己の出生の秘密そして、愛と哀を識り、そのために契った女が死ぬまでに至り、無垢なままではいられなくなった誠一郎の深い嘆き。

 

このシーンの描写が凄い

 

〜だが、誰かが誠一郎に、今のあなたには感情がない、と云ったら誠一郎は仰天しただろう。まるであべこべなのだ。誠一郎にとって、今の己れには感情しかない。どうしようもなく、強い感情の虜になっている。感情の質は、後悔であった。激しい後悔の念が、巨大な氷のかたまりとなって、胸一杯に塞がっている。〜

いっそ泣く事が出来れば楽なのに、泣く事も出来ぬ後悔に支配された誠一郎に甚右衛門がいう

 

「なまじの情けは、仇だ。我身が罪つくりに出来ていることを、日毎夜毎、神仏にお詫び申し上げるんだね。出来るこたぁそれしかねえ。また、それ以上のこたぁやっちゃいけねえんだなぁ」

 

 

「優しいてえのは悪(わる)なんだよ。誠さんは、女に出逢うたんびに、その女のために何も彼も棄てようと思う。確かにそれが男の優しさだろう。だがね、たんびたんびそんなことをしてて、身がもちやすか?誠さんの身だけじゃねえんだ。女の身だって、もちゃあしねえよ」

 

それに対して描写はこう続く

 

〜今更悔やんでも仕方がない、と人は云うかも知れぬ。だが、仕方ないからこそ、悔やむのではないか。とり返しがつかないからこそ、顔に表情がなくなるほど苦しむのではないか。〜

…凄いです。

ハードボイルドです。

惚れました。

 

哀しみのあまり肥後に帰ってしまいたいとまで思う誠一郎をつなぎとめるのは、はたして、やんぬるかな彼を哀しみの底に突き落としたはずの人の巷であった…

 

 

続編の「かくれざと苦界行」も楽しく読みたいと思います。

 

 

 

 


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