
「影武者徳川家康 上・中・下」 隆慶一郎著 新潮文庫 ささらものの子として生を受け、実の親に願人坊主に売られ、逃げ出し、青年期から野武士として生き、徳川家康の影武者として十年仕えた、世良田二郎三郎。 そして関が原。 徳川家康が武田の忍びに暗殺される。 二郎三郎が叫ぶ。 「影武者世良田二郎三郎、討ち死!」 家康と入れ替わった二郎三郎の第二の人生が始まる。 合戦、乱世。 事実を知る家康の側近たちも二郎三郎を簡単に始末できない。 そしてなによりも、二郎三郎は十年の影武者生活の中で家康のしぐさ、癖、記憶はもとより家康の「いくさ人」としての思考回路を身につけていた。 元・非常民ささらものとして、自由を生きるすべてのもののために封建体制を敷こうとする家康の息子秀忠と丁丁発止の頭脳戦を繰り広げながら平和の治世のために尽力する。 二郎三郎という一人の男の人生をたくみに追いかけながら実史に重ね合わせていくダイナミックさにあっというまに読み進む。 終盤、側近から秀忠の暗殺を進言される、死を寿命による死を覚悟した二郎三郎の台詞がいい。 「わしは自分の一番嫌いな生きものにだけはなりたくないのだよ。そのために勝負に負けても構わん。殺されてもいい。今ならわしは胸を張って死んでいける。秀忠を殺してはそうはなるまい。恥で身を屈めて生きねばならぬ。それだけはいやなのだよ。どうあってもいやなのだ。判ってくれ。」 “恥で身を屈める” って表現がいいなあ。
二郎三郎の、家康としての人生は人生に背を向け、恥も外聞も無く生きてきた男に矜持を与え、家族を与え、家族愛という幸福を与えていた。 だが、死ぬまで二郎三郎は二郎三郎として死んでゆく事はできない。 それでも一人の男として、人間としてつらぬきたいものがある。 このジレンマ。 家康として生きることをきっかけに友情を知り、愛情を知り、人が人として生きる喜びを知ったこの二郎三郎の物語を、一人の男の魂の彷徨と成長の物語として読むことはあながち的外れなことではないだろうと思いました。 読後感も爽やかでボリュームもあり。 藤沢周平、池波正太郎系の人情話が好きな方には勧めづらいですが、面白いツクリバナシが読みたいと思う方にお奨め。 写真は“この間読んだ本”の写真。 装丁を写せればもっとよかったんですが。 |